両親が横に並び、キッチンの換気扇へと向かって白煙を吐いた。

口から吐き出される煙は真っ白なのに、談笑して口の隙間から垣間見える歯の色は黄色だった。母親は淡い緑のピアニッシモ。父親は鈍い青が映えるマイルドセブンを吸っていた。

小学二年生の時に祖父が死んだ。死因は肺癌だった。

祖父は煙草を吸っていたらしい。煙草のせいで肺癌になったのかは定かではないが、親族らは「煙草のせいで癌になってくたばったんだよ」と冗談げに言っていたのを微かに覚えている。

祖父は孫の私にとても優しい人だった。

今でも祖父の死を聞いた情景を思い返せる。両親が共働きだった私は学校が終わり児童館へといつも預けられていた。

児童館の職員がお母さんが来ている、と言い私はランドセルを背負い母の元へと向かった。児童館に母が迎えに来るのは珍しかった。だからこそなにかを期待するかのように私は急いでランドセルを背負い母の元へと向かった。

「せんせー、さよーならー!」と元気よく言うと職員は私のことを哀れんでるようなそんな表情を浮かべながら私を見送っていた。

 

両親が乗る車に乗りその中で祖父の死をようやく知った。

「おじいちゃん、死んじゃったんだって」

助手席に座る母親はそう言った。背中越しで表情は見えなかった。

芳香剤が香る車の中、私は「なんでおじいちゃん死んでもうたん?」とずっと泣きながら聞いていた。祖父にはもう会えないんだということを泣きじゃくる私にずっと言っていた。母を私はずっと責めるかのように泣いた。隣に座る父は何も言わなかった。

小学二年生の頃の私には死というものが分からなかった。だからとてつもない恐怖を抱いていたのだ。

祖母の家には沢山の親族でひしめき合っていた。その中央で祖父はいた。畳の上に青白い顔で、指を組み合わせ横になっている祖父がそこにいた。その姿はただ寝ているだけにも見えた。母が「おじいちゃん、死んじゃったね……」と言った。そこにいるのは祖父であるのは確かだが、祖父はもうそこにはいなかった。祖父は死んだのだ。

そこでようやく私は死をはっきり見たのだ。死というものは幼い私ですら恐ろしいということを分からせた。

この前まで何も無い病室で笑っていた祖父が白装束を着て息をしていない。凄く怖かった。だから私はずっと泣いた。それを見た母親は私をなだめてくれた。

いつも笑顔だった祖母も泣いていた。だが、長男である父親は泣いていなかった。私は父親がなぜ泣かなかったのかが不思議に思えた。

そして通夜が終わり祖父の遺体を焼いた。私の一回りも大きかった祖父は私より小さくなった。その時ふと見えた遺骨を取る黒のスーツを身にまとった父親の背中はどこか小さく見えた。

祖父が死んでから父親は煙草を止めた。父親が煙草を吸っていたのはもう十年以上も前になる。今となっては父親が煙草を吸っていたという面影すらも感じない。

 


私と母親が横に並び、キッチンの換気扇へと向かって白煙を吐いた。

母親の銘柄はあの頃から変わっていない。淡い緑のピアニッシモ。私は深い青が映えるマールボロ。キッチンに置かれている灰皿に二つの銘柄の吸殻が積み重なっていく。口から流れる煙が混じりあっていき換気扇へと吸い込まれていった。

父親の前では煙草は吸えない。

吸っていることはとっくの前にバレている。実家に帰った時に、「お前煙草臭いぞ」としかめ面で言われた。煙草臭いと言われないように香水をふっているというのに親にはバレてしまう。

「そんなに煙草吸ってなぁ、早死したいんか?」と父親は眉をひそめて真剣な顔で私に問うたことがある。その問いに私はケラケラと笑って返した。

もし、両親のどちらかが肺癌で死んだとしたら私は煙草を止められるのだろうか。……そう思いながら私はZIPPOで煙草の先に火をつけた。

部屋の中に白濁とした煙が立ち込めていき、私はようやく安心をした。煙草を吸っている時が私は一番生きていると感じる。

洗濯物も、布団も、全部煙草臭いな。呆れに似た乾いた笑い声も全て口から流れ出る煙に溶けていく。

私は灰の積もった煙草の火を消した。

きっと私は生涯煙草を止められないだろう。そんな気がする。

もし両親が死ねばその後を追うように死んでしまえばいい。恐らく本望だろう。そう、思った。

灰皿から流れていく煙は天へと向かっていく。天へと向かう煙は死へと向かっていく……。